狸、あるいは狐に化かされた話

僕はこの夏、原付で日本一周を果たした。

その際に起きた奇妙な出来事について話したいと思う。


6月に神奈川県からスタートした日本一周旅、東北を北上し、北海道を一周、そして再び青森県へと戻って来た。

その時、僕は北海道で出会った台湾人のシャオミ(あだ名)と共に行動していた。

僕は青森県から日本海を南下する計画で、太平洋側を南下する彼とはそこで別れる予定だった。

そして最後の夜。

白神山地にほど近い、岩木山の麓の無料キャンプ場で宿泊することになった。

共に過ごす最後の夜ということもあって、お酒をたくさん飲みながら色々なことを語り合った。センチメンタルは最高値だった。

18時前から始まった晩餐は3時間ほど続き、気づけば周りは真っ暗になっていた。

無料キャンプ場の夜はとても暗い。明かりは遠くのトイレにポツリと灯っているだけだ。

二人で歯磨きをして、あらかじめ張ってあった別々のテントに入る。この頃から少し雨が降ってきた。

最後の「おやすみ」を交わして、寝袋に潜る。酒のおかげもあって、眠気は強く、すぐに眠りに落ちた。


しばらくして雨の音で目が覚めた。寝る時には小ぶりだった雨が本降りになっていて、テントを強く打っていた。時計を見ると眠りについてから1時間ほど経っていた。

隣のテントからは、これまで何度も聞いたシャオミのいびきが聞こえる。

僕も再び寝ようと目を瞑り、うつらうつらしていたその時、突如、テントの外から獣の唸り声のようなものが聞こえてきた。

それも相当近い、明らかに僕らに向けて声を発していることがわかる。

直感的にやばい、と思った。明らかに敵意を向けられている。

この旅で動物に出会った数は限りないが、このように威嚇されるのは初めてのことであった。

テントの怖いところは、中からは外の様子がまったく伺えないということだ。雨が降ることを警戒していた僕たちは、テントカバーをしっかり建てていたため、二重の扉を開かなければ外に出ることはできない。

獣の唸り声は近づいたり、遠ざかったりを何度も繰り返す。

いつの間にかシャオミのいびきも消えていた。

シャオミ、と僕が声をかけると、彼は、何か武器になるものを持った方がいいと言った。

武器になるものといっても何もない。硬めのものといったら携帯の予備バッテリー(手のひらサイズ)しかない。

何も持たないよりはマシだと思い、バッテリーを握りしめる。

外に出る前に、とりあえず二人でテントの中で大きめの声を出した、どんな声だったかは覚えてないが、気持ち悪い唸り声のような声をだした。

すると、獣の声はすぐに消え、僕たちは恐る恐るテントのチャックを開けて外に出る。

外は思っていたよりもずっと激しく雨が降っていて、肌寒く、真っ暗闇だった。

いままで近くにいたはずの獣の気配はどこにも感じられない。

落ち着くためにタバコを吸いながら、一体何だったのかと二人で話す。

熊のような大型の動物ではないことは鳴き声でわかった。僕らは知床のビジターセンターで熊の鳴き声の録音を聴いていたから。知床で得た知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

きっと狸や狐、いたちのような小型の動物だろうという結論に至り僕たちは再び寝ることにした。


またテントに入り、今度こそ寝ようと目を瞑る。

しかし一向に眠れない。先ほどの興奮も少し残っているのだが、それにしても眠れない。

鳥の声が聞こえるのだ。

3種類の鳥が一羽ずつ、木の高いところで鳴いている。

それにしても大雨のこんな夜中に鳴く鳥がいるだろうか。

しかも、獣に付きまとわれるまでは間違いなく彼らは鳴いていなかった。

そして遠くで鳴いているはずなのに、異様に耳につく。しかもその中の一羽の鳴き声は、まるで女の人の金切り声のようにも聞こえた。

その時突然、テントを外側から何者かが引っ掻くような音がした。音だけでない、そういった感触を感じられた。僕の足元でそれは起こった。

怖い。マジで怖い。帰って来た。あいつ帰って来た。

狸にしても狐にしてもいたちにしても、僕はひょっとして食われて殺されるのではないかとまで思った。恐怖はピークだった。

そして全然眠れない。スマートフォンで、夜に鳴く鳥の鳴き声を調べだしてしまったものだからより一層眠れない。

隣からはシャオミのいびきが聞こえ、これが夢ではないことはわかった。

それ以降獣の接触はなく、かれこれ鳥の声を聞くだけの時間が2時間は続き、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。


目がさめると、テントの中は蒸し暑く、喉が激しく乾いていた。

テントの外に出ると、昨夜からは考えられないほどの晴天で、気持ちいい風が吹いていた。

最高だとシャオミと言い、草っ原の上で寝転がった。

朝ごはんを食べ、テントを片付ける際、昨夜引っ掻かれた場所を見てみると、そこにはたくさんの蟻が溜まっていた。

それを見て、引っ掻かれたのではなく、尿をかけられたことに気づいた。

そのことに気づき、僕はホッとし、これまでの不安が急にアホらしく感じられた。


きっとその山にすむ狸か狐が、山の中で晩酌をする僕らの無礼を見て、いたずらをしてやろうと思ったのではないだろうか。そう考えると、夜に永遠と鳴く鳥も、あの異様な雨も全く不思議ではない。

そして、化かされたと考えると、むしろ嬉しい。「平成狸合戦ぽんぽこ」好きの僕からしたら光栄な出来事だ。ありがとう狸、あるいは狐。

キャンプ場は綺麗に掃除をして後にしました。



っていう話。

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